企業は利用者によって右にも左にもいく。これはいつの時代も変わらない。それは寧ろ健全である。建前がないからだ。オンラインゲームで民度の低下が著しいと感じる。その中でも、日本人はひょっとしたら世界的にみて脅威かもしれない。だとしたらそれは大変ゆゆしき事態に思う。これからは世界を目線にビジネスを考えないと厳しいだろう。世界経済は明らかに斜陽に向かっている。斜陽ならまだいいが・・・。昨今やたら物騒な紛争ばかり取り沙汰されるのもある意味では戦略の一つなのだろうことも可能性にある。何せ紛争は常に起きているのに今ことさらに扱う必要はない。さじ加減一つである。ニュースを知りながら、それを横へ置いておく冷静が求められる。

先日ある記事で某オンラインの開発者が愚痴ったのが話題になった。「日本人プレイヤーは文句ばかりて課金しない」そういった旨の内容だったに思う。これは胸に響いた。これは我田引水そのものではあるし、課金するかしないかはユーザーの自由である。ただし、この言葉の意味するものは、ようは日本人が守銭奴の我儘になっている傾向を指摘している。それはどの世界であれ疎まれる存在であるということを知る必要がある。自分の友に、隣人に文句は言うな何も強力せず、払うべきものも払わない人がいたらどう思うだろうか。話は簡単である。私は 「これは面白い!」と思ったゲームには課金の大小はあれど払うようにしている。それは自らの生活に脅威与えない程度である。私の中では収入に対して対価に見合った額だが、客観的には見合ってないだろう。

無課金に慣れた世代

ある調査で、文句が多くプレイ時間が短いユーザーほど課金していないという実態が一つの側面として報じられていた。「なるほど、そうだろう」 そう感じた。これは十五年ほど前から既に懸念されていたことだが、それが現実になりつつある。ただ、それを仕上げたのも結局は企業側だ。ユーザーが求め企業が応じた結果であり、双方が望んだ結果に過ぎない。誰を責めるより、自らの素行を見たほうが健全だ。

私は老若男女と話すのが好きで、色々と根掘り葉掘り聞くのだが、世代間認識格差に驚くことが多く、同時にそれは大いなる刺激になる。今の世代はとにかく 「タダで当然でしょ?」と考えている人が多い。多いというより、もう既に無意識下に根ざしているといっていい。そうした価値観の者が課金するのは非常に高いハードルであって当然で、裏を返せば、それでも課金するのなら、そうれは相当な 「好き」 か 「欲望、執着」 があるに他ならない。ほとんどの場合は欲望だろう。

現在も続いている某オンラインゲームで札束の殴り合いが始まったのはスマホが登場する前からだった。幾人かの動画を当時見ていたが、それは凡そ人の醜いものの体現でもあり考えさせられた。ようは、「勝ちたい」これに尽きる。それそのものは自然だが、それを実力ではなくお金により成した。逆に言えば、そうしたプレイヤーが課金し僅かばかりでも運営を支えられるほど課金したからこそそのタイトルは今も続いていると言える。双方の利益は叶った。当然から、彼らはモノを言う課金者だ。

大株主が綿密な意見を言うのと同じで、彼らにもその権利がある。結果的に重課金者の願いが叶えられていく。運営は気づいていない人も多いが、重課金者の視点は、あくまで重課金者目線であり、ゲーム全体のことや、今後のことなど広い目線で捉えているはずもない。自分の利益になる変更は 「素晴らしい」 で敵わないものは 「糞だ!」と糾弾する。本来運営とは、彼らの願いを知りながら叶ったように思わせながら自らのコンセプトや未来地図にそった変更をするぐらいの目線が必要なのだが、今の運営にはその力もないのだろうと思われる。つまり課金者の言うことを聞くのが精一杯なのだ。その結果、パイはどんどん小さくなり、最終的にはゲームそのものが続かなくなることも多い。サービスは最終的に終わるものだが、その間に何を学ぶか、得られるかが勝負になってくる。その部分が後々に繋がるのだが、こうした場合はそうなるかどうか疑問がある。

気に入ったゲームは課金しよう

重課金者に変調すれば必ず衰退しかない。それは論より証拠であり当然の結果だ。衆愚という言葉があるように、ある種、本当の意味でプレイヤーの言葉だけを鵜呑みにすれば崩壊は確実だ。創造側は創造側の目線を常にもちながら、ユーザーの要望にどう寄り添うかが肝になると思うのだが、今はそれが出来ないのだろう。嘗てはそうしたバランス感覚が企業側にあったのだが、もうそういうのが失われたのは明確である。その上でバランスを生み出すには、普通のプレイヤーが普通に課金することで叶う。

つまらないと自分が感じるゲームには課金する必要はないし、遊ぶ必要すらない。ただ、気に入ったゲームには大なり小なり課金することを念頭に置いたほうがいいだろう。ただより高いものはないと昔から言われているが、本当の意味で無料は存在しない。対価は必ず払う時がくる。それを無視すれば、お金よりもっと大きな、場合によっては悔やんでも悔やみきれない対価を払うことになることがある。自分の人生におけるバランス感覚を養うためにも課金はした方がいいだろう。そうすることで、企業も結果的に重課金者の言いなりにならずに済む。

このままでは日本は世界と隔絶してしまう。ゲームも徐々に日本から撤退しつつある傾向がある。無料だからという理由で我慢して続けるのなら、課金しても面白いゲームに払った方が豊かだ。これは裏を返せば、オンラインゲームに果たして課金する価値があるのだろうか?にも転じていく。ここにオンラインゲームの大いなる課題が内在していると思う。

リアルスキルで自ずと差別化される

スマホゲーやこうした重課金ゲーは強さを金で得られるのが良さでもあり最終的には面白くなくさせる欠陥でもある。自ずと作りもイージーになり面白くなくなる。予てよりあったこうした傾向は、より強い武器、防具を求めることにしか楽しみを見いだせなくなった結果でもある。それは一般プレイヤーを遠ざけ衰退の道を歩むことにもなる。私は強さはリアルスキルで自ずと出来る範囲にトドメたほうがいいと考えている。MMOであればMOであれ、長期プレイヤーは自ずとリアルスキルが備わり、それが結果的に差別化になる。課金による範囲は、自らを装飾するアバター等の贅沢品に留める方が健全だ。長く続ければ自ずとアバターは欲しくなる。リアルスキルで差別化されることを念頭に開発されたゲームが最も自然に思う。課金でそれらを促すべきには思えない。そういう意味ではWoTのように研究開発や強化は一目瞭然にして、天井はそう高くないほうがより健全に向かうと考える。

終了を念頭にしたオンラインゲーム

持論を言えば、今後オンラインゲームはエンディングを考えた上で始めるのがベストに思う。エンディングノートが自らの状況に応じて常に書き換えられるように、オンラインゲームも趨勢に応じてエンディングは書き換えればいい。恐らく、これまでのオンラインゲームにはこのエンディングノートがなかったと思われる。ぼんやりと経済的理由から「せいぜい3年かな」とか理念なき妄想がせいぜいだろう。それではおかしくなるもの当然だ。ゲームにコンセプトはあるのにエンディングがないことに一つ問題がある。その点でいえば、PSOは優れていた。オフラインでエンディングがあり、オンラインでエンディングを感じさせる演出があった。その延長線上でそれぞれが自由に以後遊ぶことが出来た点で優れている。私は興味がなかったのでプレイしなかったが、あれにはエンディングがそれぞれ用意されていたと聞く。拡張パックごとにエンディングがある。

エンディングがあればユーザーに一つの区切りを提供出来る。人生において区切りがなくなると人は自らの置かれた状況を見失いように、オンラインゲームにも区切りを用意してあげるといいように思う。オフラインゲームはその点、当然センテンスが幾つも用意されている。だからこそ、もっと、次を、先は?、どうなる!?となっていく。オンラインゲームにも用意することで、じゃーそこまでは、じゃー課金してどうこう、とな意識が前のめりになっていくように感じる。

課金体制の変化

いずれにせよ集金方法は変える時期に来たのだろう。国内向けF2Pは今後、重課金者へ偏重するゲームが増えざるおえない。逆にWoT等の世界ゲームはやっていけるだろう。ただし、かなり大変だと思う。何せユーザーは心変わりする。飽きさせないように、常にマップをいじり、バランスをいじり、外見を、仕様をいじり続けるのは、新作を作るより苦難であることは想像に難くない。恐らく国内のゲーム会社でそれが出来そうな会社はなさそうだ。すると結局はスマホーのような安直なものにギリギリまですがることになる。しかし気づいた頃には手遅れになるだろう。まだ余力があるうちに舵をきる必要がある。

1つは昔あったパッケージ+オンラインの二重課金体制だ。やっぱりこれは確実だと思う。恐らく今であれば、パッケージ+オンライン+アイテム課金の三十課金が可能だろう。現に海外のゲームではこうした体制は増加傾向にあると思える。それでいて一つ一つの課金額は小さいのでユーザー側に選択しが出来る。パッケージでストーリーを満喫し、それで終えてもいい。オンラインサービスを利用し、そこで新たなファクターを手に入れてもいい、オンラインでの新たなエンディングを見ても良い、更に楽しむ為にアバターや武器を新たに手入れても良い。現在パッケージ系の値段は7から8000円程度と嘗ての高い水準にとどまっているが、Steam等は早期に価格が低下する。裏を返せば、1000円で基本ストーリーセットのパッケージを出し、追加で最終的に7、8000円程度に収まるようにパッケージはすればいいと考える。

いずれせによ1つ1つの課金ハードルは下げる必要があるだろう。日本に限らず一般のプレイヤーの財布の紐は硬くなって来ている。私は予てより考えているが、これだけICカードが増え、それに対応出来るシステムが増えているのであれば、オンラインゲーセンのようなニュアンスで3日プレイ100円課金とか出来るようになってしかるべきだと思う。ラリー・ペイジの言うところのロングテールだ。1人は100円だが、世界を相手にすれば数億円にもなる。こうした柔軟な体制が求められるだろう。カプコンなんか、MHFあたりでやればいいのにと毎度ながら思う。

 

 

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